ロイ・マタ首長の領地

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解説・紹介

2008年に、バヌアツ共和国で初めて登録された世界遺産であるロイ・マタ首長の領地は、バヌアツの口承物語で語り継がれてきた伝説的な首長であるロイ・マタの領地だった場所のうち、特にその生涯にゆかりのある象徴的な場所??邸宅、死んだ場所、墓の3箇所が対象となっています。

これらの文化遺産は、首都ポートビラのあるエファテ島と、その北東に浮かぶ2つの小島??レレパ島とエレトカ島に散在しています。

「ロイ・マタ」とは、バヌアツのエファテ島周辺の島々を支配していた最高位の首長の称号です。世界遺産の登録対象となったロイ・マタは、1600年頃に活動していたと推測される最後の称号保持者を指しています。

地元で語り継がれてきた口承物語によるとロイ・マタは、エファテ周辺で続いていた部族間抗争を終わらせ、エファテ周辺の島々に平和をもたらしたましたが、弟の放った毒矢に倒れた、とあります。1967年の発掘調査により、ロイ・マタのお墓に関する伝承の正確さが証明されています。

ロイ・マタ首長の領地の登録対象

ロイ・マタの邸宅
エファテ島の海沿いの一角に残る遺構で、石の壁などが残っています。
フェルズ洞窟
レレパ島(Lekepa)にある高さ35 m、幅52m、奥行き47mの洞穴で、伝説では、ロイ・マタが死んだ場所とされています。洞窟内の壁には彩色された岩絵や岩刻画が残されており、絵の具の放射性炭素年代測定の結果、ロイ・マタの時代の絵であることが明らかになっています。
ロイ・マタの墓
エファテ島北東部にある小さな島、エレトカ島(Eretoka)は、伝説ではロイ・マタの墓があると伝えられてきました。1967年にフランス人考古学者ジョズ・ガランジェ(Jose Garranger)が地元民の許可を取って発掘調査したところ、伝承を裏付ける墓が発見されています。先住民が、居住も立ち入ることも忌避してきたため、島には稀少な植物種なども残されています。なお、エレトカ島(Eretoka)は、レトカ島(Retoka)、アルトク島(Artok)、あるいは帽子のような形から、ハット島(Hat island)という愛称もあります。
Lelepa expedition 15, Eretoka (Hat) Island, 24th Nov. 2006
Lelepa expedition 15, Eretoka (Hat) Island, 24th Nov. 2006 / PhillipC

Fele

John in Fele

名称 / 英語名
ロイ・マタ首長の領地 / Chief Roi Mata’s Domain
種別
文化遺産
登録基準
(3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
(5) ある文化(または複数の文化)を代表する伝統的集落、あるいは陸上ないし海上利用の際立った例。もしくは特に不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている人と環境の関わりあいの際立った例。
(6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と、直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。
登録基準とは?
登録年
公式オフィシャル・サイト
ユネスコ / UNESCO 公式サイト内の Chief Roi Mata’s Domain ページ
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